私をたどる物語 <3>
試合会場は名古屋。
相手は名古屋で期待されていた無敗のホープ。
私みたいな叩き上げは、ブランク明けといえど、ハードなマッチメイクになる。
しかし、そこで生き残ってこそ、上にいける。
自分でもそれは理解していた。
会長の孫なんかは、大事に慎重なマッチメイクで、訳のわからないフィリピン人なんかとやっては、KOを量産していた。
でも、それは生まれてきた環境が違うのだからしょうがない事。
深く考えないようにしていた。
私は、関西の高校だったので、仲の良かったツレが二人応援に来てくれた。
完全なアウェー。
試合前日。
前乗りで、トレーナーたちとホテルに泊まっていた私。
何かの用事でフロントに行き、エレベーターに乗って部屋に帰ろうとした。
その時、一人の男が一緒にエレベーターに乗ってきた。
メインに出場する世界チャンピオンのH選手だった。
ボクシング雑誌で顔は見た事があった。
「明日、前座で試合させてもらうコブシといいます。宜しくお願いします!」
H選手は、私の顔と体を見て言った。
「明日、誰とやるの?」
「6回戦のI選手です。」
「あ~Iか!アイツ、強いよ!俺のスパーリングパートナーやったからな。」
6回戦の選手が、世界チャンピオンのスパーリングパートナーを務めるなんて聞いた事がなかった。
それだけ期待されている選手ということだろう。
私は、いまだかつてない恐怖感におそわれた。
そして、試合当日。
後楽園ホールの何倍もあるでかい会場。
前座だったので、客の入りは半分もなかった。
リングイン。
試合前、レフリーの簡単な注意を聞く為、中央に行く。
はっきり言って、レフリーが何を言っていたのか今でも思い出せない。
そんな聞くような精神状態ではない。
あの時間。
あーこれが人間の放つ殺気なんだとわかる。
「魂のメンチの切りあい」
私は、あの時間を人にそう説明する。
ただし、そこらのチンピラのようなメンチの切りあいではない。
チンピラみたいに見てくる奴もいるけど、だいたい皆、無表情でなんとも言えないオーラを発しながら、肝が据わった目で見てくる。
最近、私が納得したのは、ある実話雑誌の記者が、殺人を犯した被告人にインタビューした時。
皆、判で押したように、犯行時の話をする時、トロ~ンとした目付きになるとのことだった。
あ~そういう感じやわ!って思った。
やっぱ、アイツら殺しにきてたんかって、納得した。
私は気が強いから、あの視線から目を逸らした事はない。
4回戦の頃は、だいたい目を逸らす奴には勝ててきた。
しかし、このI選手は一切こちらを見ず、下を向いたり、レフリーを見たりしていた。
世界チャンピオンがお墨付きを与えるくらい強いはずなのに、何故?
初めて経験する嫌な予感。
試合開始のゴングがなる。
その嫌な予感は、いきなり炸裂した。
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