私をたどる物語 <19>
そして、迎えた試合当日。
実践の勘、スタミナなど、リングに上がるにあたっての総合的な材料を整える事が出来た。
いや~3ヶ月しか調整期間がなかったから・・・と、言い訳できないくらい仕上がった。
自画自賛するわけではないけれど、あ~やっぱり俺はプロだったんだなぁ~と思えた。
会場には、T君のファンなどで満員だった。
控え室には、T君のガウンと日本刀が置いてあった。
どうやら私が、そのガウンを着て、入場するみたいだった。
私自身、初のメインイベントでの試合。
私が現役の頃は、セミファイナルでの試合までしかした事がなかった。
プロになる前は、世界チャンピオン。
しかし、プロになって、現実の厳しさを知るにつれ、日本チャンピオン、日本ランカー、A級ボクサーと、夢が小さくなっていった現実。
結局、私はA級ボクサーまでしか達成できなかった・・・。
メインイベントを務める。
これが、A級ボクサーの次の目標だった。
くしくも、こんな形で、私の小さな夢が叶うなんて思いもしなかった。
控え室で精神統一。
おそらく・・・いや、間違いなく、私の最後のリングになるであろう。
刻々と近付いてくる時間。
「会長、何があっても絶対にタオルは投げないで下さい!」
私は会長を真っ直ぐ見つめ言った。
こんな事言ったら嫁に怒られるかもしれないけれど、死んでもいいと思ってた。
私がリングに上がる時はいつもそうだったから。
「わかった!」
会長も真っ直ぐ私を見ていた。
照明が落とされ、T君のリングテーマだった、「必殺仕事人」の曲が流れる。
「いくぞーーっ!」
会長の気合い十分の掛け声とともに,T君の魂の残っているガウンを身にまとい入場。
いよいよ、決戦のリングへ。
「俺の死に様、見届けてくれ!」
めったにない私からの誘い。
私の数少ない親友たちも、遠く離れた関西、地元の他県からも応援に来てくれた。
悲壮な覚悟でリングイン。
相手は、5勝(3KO)1敗。
まだ1度しか負けた事のない22歳。
対する私は、8勝(3KO)3敗の30歳。
くしくも、私が絶好調で、さぁこれからという時、怪我で引退したのも22歳。
あれから8年。
医者からは無理だと言われたリングに、また、立っている。
相手は、ギラついた倒す気マンマンの目で、こちらを見てきていた。
きっと、私の情報も伝わっている事だろう。
昨年、7年振りにカムバックして1勝して、今回の試合は1年振り。
もしかしたら、練習期間も3ヶ月しかしていない事を知っているかもしれない。
同じファイタータイプ。
我慢比べの消耗戦になるだろう。
「Tのぶんまで頼んだゾーーっ!」
おそらく、T君のファンであろう誰かが叫んだ。
ゴングが鳴る。
相手のYは、送られたビデオと同じように、距離を詰めてパンチを振るってきた。
私も負けじと応戦した。
やはり、思った通りの展開。
二人とも、1Rは様子を見るなんて、これっぽっちも思っていない。
2R
顔の辺りがヌルヌルしていた。
1Rの激闘のせいで、早くも鼻血と眉尻が切れていた。
1Rと変わらぬ激しい打ち合い。
しかし、とうとうもらってしまった。
試合展開は、1Rと変わらなかった。
私の鬼気迫る迫力に押されてか、私が前に出て、Y選手は下がりながらの応戦。
ファイタータイプにとって、ストレートとフック系のパンチは、苦にならない。
体を左右に揺すりながら、距離を詰めるから、パンチを避けながら前に出られる。
ファイタータイプにとって、最も嫌なパンチ。
それは、下からのアッパーだ。
下からの攻撃されると、距離を詰めにくくなる。
そして、私がパンチを振るいながら前に突っ込んで、距離を詰めた瞬間。
下がりながらの、大振りのアッパーを顎に食らった。
顎が真上に跳ね上がるくらいに、ドンピシャのタイミングだった。
後で、ビデオを見たけれど、本当にダウンしてもおかしくないくらいのパンチだった。
私は、崩れながらも、前のめりに距離を詰めていく。
白地のトランクスは、血に染まり、私の顔も真っ赤になっていた。
それはまるで、不動明王の後ろで燃えている迦楼羅炎のようだった。
リングで繰り広げられる、不思議な光景。
Y選手のパンチは的確に、私に入っている。
普通ならば、当たっているY選手が前に出て、打たれている私が下がるはず。
なのに、今、リング上ではその逆。
私が前に出て、Y選手は下がっている。
きっと、Y選手は思っている事だろう。
「なんで効かないんだろう?」
私は現役時代、確かに、1度も倒された事がないくらいタフだった。
しかし、この時は、何かが憑依していたと思う。
それが、T君かどうかはわからない。
後でビデオを見ても、ありえないくらいのタフさだった。
そんな展開が続き、いよいよラストラウンド。
私はこの試合が決まった時、絶対に下がらないと決めていた。
倒された事がなかったけれど、この試合は倒されるかもしれないと覚悟していた。
ただ、倒されるにしても、ボディーでは倒されたくなかった。
ボクサーにとって、ボディーで倒される事は恥だった。
それは何故か?
私はダウンした事のある同僚、先輩、後輩に、よく聞いていた。
「ダウンした時って、どんな感覚なんですか?」
「気が付いたら、目の前がキャンバスだった。」
「ダウンする前の記憶が、スッポリ抜けて、思い出せない。」
そう、頭部のダメージによるダウンは、意識がなく、気が付いたら倒れている。
だけど、ボディーのダウンは意識がある。
自分の意志で立たない、つまり、心が折れて立たない。
だから、ボディーでのダウンは恥だとされていたんだと思う。
だから私は、ボディーでは絶対に倒れないと決意していた。
頭部のダメージで、倒されたとしても、前のめりでと決めていた。
「ラストラウンド!」
リングアナのコールと共に、二人グローブを合わせた。
私は、1Rからの流血と腫れで、鼓膜も破れ、顔面がリアルアンパンマンのようになっていた。
当然、視界も通常の半分くらいになり、その視界も血で赤く染まっていた。
その半分になった視界に、赤いY選手を捉え、前に出る。
私も最後のラウンドだったので、自分のスタミナを一滴残らず使いきるつもりだった。
Y選手も、下がらず前に出てきた。
足を止めてのどつきあい。
会場も、ほぼフルラウンドのどつきあいに盛り上がっていた。
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