コブシのブログ

つれづれ駄文

私をたどる物語 <11>

両親との約束、4年間は私の好きにしていい。


 私の全力疾走は終わった・・・。


 親に抗う理由もなく、家業の養成所に入った私。


 規定の過程を経て、養成所を無事卒業。


 卒業後、普通なら一職員として、16歳の頃に世話になったDグループ会社に勤める予定だった。


ところが、ある縁からKグループ会社の社長付き秘書に抜擢された。


 私の家業は、複数のグループ会社が集まる大きな組織から成り立っている。


 Kグループは、業界の中でも有名で、豊富な資金力があり、少数精鋭の会社だった。


なかなか他のグループ会社からの人間は入れない事で有名だった。


 丁度、Kグループの社長の代替わりで、次期社長Sさんは付き人を探していた。


 Sさんは、私のかつての上司から、私の経歴を聞き、会いたいと仰って下さった。


 初めてKグループの社長であるSさんと顔合わせした時。


 「君、元プロボクサーだって?」


 格闘技好きだったSさんは、私のボクサー時代の話をいたく気に入って下さり、即決してくれた。


この時は、本当にボクシングをやってて良かったと心から思った。


そのKグループ会社での事。


 先輩に連れられていった大阪北新地。


その飲み屋で衝撃的な出会いをした。


 私の隣に座った女の子。


それまで付き合ってきた女の子には申し訳ないんだけど、どこか妥協して付き合っていた。


でも、その夜、私の隣に座った女の子は、顔、スタイル、華やかな雰囲気。


 非の打ちどころがなかった。


まさに自分の理想の女の子だった。


(この子以上の子はいない!)


もちろん私もホステスさんが初めてではないので、こんな子と付き合うなんてムリムリ!むこうはお仕事!なんてわかっていた。


その子は、先輩が好きになったホステスさんの友達で、そこの店の№1の子だった。


そこは高級クラブだったので、私の持ち金では、とても行けるような場所ではなかった。


いつも、先輩に連れて行ってもらっていた。


 店がはねると、いつも2対2でアフターしていた。


それも先輩の金だった。


そんな日々をしばらく過ごしていたんだけれど、先輩とそのホステスさんとはダメになってしまった。


というより、あくまでホステスさんだから、お仕事であって、深い付き合いになるわけなかった。


そして、私も同じようにダメになるかと思いきや、何故か付き合うようになった。


ほどなくして、深い関係になった。


その子の住んでいたマンションにも出入りする間柄になった。


その子は病弱で、「ある事情」も抱えていて、仕事が出来なくなることが度々あった。


けっこうな家賃のマンションに住んでいたので、生活費に困るようになった。


 「コブシちゃん、助けて!」


 当時の私は、そんなにいい給料をもらっていなかった。


 私はこの子と結婚したい!って思っていたので、なんとかしたかった。


その当時、「無人君」なんて軽~いネーミングでサラ金がしきりに宣伝していた時代。


 私は、サラ金で金借りるのは恐かったけれど、どうしても助けたかった私は勇気を出して借りにいった。


 1社借りると、2社、2社借りると3社、3社借りると・・・


 それを繰り返し、気が付くとトランプのようなサラ金のカード。


 自転車操業のマニュアル通りに首が回らなくなった。


 「お前、騙されてるって!」


 以前のログで書いた、前の彼女をかくまってくれた事もある頼りにしていた先輩。


 借りる金融屋に保証人を立てろと言われて、頼った先輩にもそう言われてしまう始末。


 「いや、この子に騙されても、それはそれで本望です!」


その先輩とは、この件で縁が切れてしまった。


そして、1社が引き出せなくなると、どんどんディープな金融屋を頼らざる得なくなる。


スポーツ新聞の怪しげな3行広告の金融屋に頼らざる得なくなった。


そかの車金融で、車を担保に10万円借りることになった。


 大阪の繁華街にある雑居ビルの3階に金融屋の事務所があった。


もうその頃には、金融屋通いにもなれていたけれど、ディープな金融屋は初めてだったので、緊張していた。


 中には1人の私くらいの年の、イカツイにぃちゃんがいた。


 目付きだけが異常に鋭く、外見と相反するにこやかな対応が変に恐怖感を煽った。


 「車見せてもらっていいですかね?」


ヤカラっぽい外見とは裏腹な丁寧な対応。


 下の駐車場に止めてある私の車を隅々まで見ていた。


 「10万ですね。」


サバサバとした口調で私に言った。


 本当は15万ほど借してほしかったけれど、背に腹は代えられない。


どの金融屋でもそうなんだけど、希望額を絶妙に下回る金額を提示される。


 完全に足元をみられているのだろう。


それでも、喉から手が出るほど金に困っていた私は、10万を借りることになった。


いろんな書類に捺印し、車検証もコピーされた。


 金利もといち以上だったと思う。


 毎月の返済は銀行振り込みだった。


 返済が滞ると車の名義が変わってしまうということだけは理解できた。


 車がなければ彼女に会えなくなるので、この支払いだけは絶対に遅れないようにしなければと強く思った。


 毎月の返済を必死で続けていたある日。


うっかりして千円足らずに振り込んでしまった事に気が付いた私。


 車を取られてはかなわないと思った私は、次の日、足りない千円を振り込んだ。


すると翌日、車金融屋のAさんから電話が入った。


(ヤバい!一日遅れたからかな・・・。)


「コブシさん!」


 「は、はい・・・。」


 私は少々ビビりながら電話に出た。


 「ワシ、こんなん初めてやわ!」


 「え・・・、な、何の事ですか・・・?」


 「いや、昨日、千円だけ振り込んでくれたやろ?こんな律儀に返済してくれたん初めてやわ!」


どうやら、私が千円だけ振り込んだ事が非常に珍しいとのことだった。


 大体、車金融にまで手を出す人間は結局のところ、ルーズな人間がほとんどらしい。


 「ワシ、ちょっと感動したわ!」


 「い、いや、私はただ車取られたら困るんで・・・。」


 「コブシさん!ちょっと時間作ってや!一緒に飯でも食いに行こうや!」


 「え・・・。」


 私はAさんにそんな風に言ってもらえた嬉しさと、これはさらに借金をさせる為の新手のやり方なのかと混乱した。


でも、結局、Aさんと食事に行くことになった。


そこから意外な展開に巻き込まれていくことになった私・・・

私をたどる物語 <10>

翌日、正式にジムに引退の挨拶に行った。


ジムが一番活気づく夜の7時。


 「お願いしまーーすっ!」


ジムに着き、いつもしていたように大きな声で挨拶をした。


 「ちわーーすっ!」


いつもの面々たちが元気よく返してくれる。


 「おーーっ、コブシ!」


 「久しぶりです、コブシさん!」


 仲間たちと会うのは、試合以来数ヶ月振りだった。


 何も変わってない・・・。


ただ一つ、私がジムに来るのが最後という点を除いては・・・。


 置いてある、自分のリングシューズ、グローブなども全てスポーツバッグにつめた。


ジムの中にある、自分の結晶たちを集め終わった。


 会長、マネージャー、トレーナーたち。


 私が引退の挨拶をしに来ているのを知っているからか、私の側に来ない。


 最後の挨拶・・・。


 会長・・・すごく怖くて、よく怒られた。


 「コブシは根性がある!」


 技術的な面より、精神面をよく誉められた。


 会長の前に行った。


 「会長、体の具合と家の事情で引退する事に致しました。いろいろとご迷惑ご心配をかけました。4年間本当にお世話になりました!」


 4年間の感謝の意を込めて、深々とお辞儀をした。


 暫く頭を下げたままの私。


 会長は言葉を発する事もなく、黙ったまま。


 私は頭を上げて、会長を見た。


 会長は目に涙を一杯ためていた・・・。


 「コブシっ!お前、頑張ってたもんなーっ!残念だよっ!」


 会長は、私の手を両手で強く握りしめ、上下に揺さぶりながら、うわずった声でそう言った・・・。


 会長のそんな姿を見るのは初めてだった。


もう・・・もう、我慢出来なかった・・・。


ずっと・・・ずっと・・・、表面張力のように堪えていたのに・・・。


 堰をきったように涙が止まらなかった。


 子供のようにしゃくり上げながら、泣いてしまった。


 泣きながら、マネージャー、トレーナー、仲間たちに最後の挨拶をした。


 泣いてしまった恥ずかしさ、辞めてしまう悔しさ、これから夢に向かって練習を続ける仲間たちを応援する気持ち、その反面、羨ましいという妬み。


もう、いろんな感情でごちゃごちゃになった。


 一刻も早くジムを出たかった。


ジムを出る時、いつもしていたように、万感の思い、感謝の意を込めて叫んだ。


 「ありがとうございましたーーっ!」


 「コブシっ!頑張れよーーっ!」


こんな俺に、皆、口々に声をかけてくれた。


 皆の声を背に受けて、私はジムを出た。


 3階にあったジム。


 階段を降りて、道路に降り立ち、ジムを振り返った。


 「ありがとうございましたーーっ!」


 最後の・・・最後の挨拶・・・


自分が心血注いで、情熱を捧げた事をやめる・・・。


やっぱり、こうなるよな・・・と、帰りの電車に揺られ、涙を拭きながら妙に納得した。

私をたどる物語 <9>

減量、試合、思いっきり飲み食いする。


このサイクルで3年間過ごしてきた私。


おそらく試合が出来ない体。


でも、これは夢なんじゃないか?


 頬をつねるなんて甘いと思った私。


 何度も何度も何度も、結構強く自分の頬を張った。


ヤッター!これで試合せずに済む!


あんなに毎試合毎試合思ってただろ?


 天変地異でも起きて、試合中止になればいいって?


 望み通りになったじゃないか!


 不謹慎な自分が喜びやがる。


くそっ!


お前、やっと勢いが出て、スターダムに上がれるとこだったじゃないか!


 何、喜んでやがるんだ、バカ野郎!


 試合日まで、この二人の自分の闘いを冷めた自分が見てる。


ただ、悔しくて涙が止まらなかった。


 訳がわからなくなり、気が狂いそうだった。


トーナメント自体は、結局、私の予想通りY選手が優勝。


 見事、日本ランキングに入った。


 勝負にタラレバは禁物。


・・・なのは、わかっている。


だけど、思わずにはいられなかった。


くそっ!俺が居るべき場所だったのに・・・。


この頃に、私の偏屈な精神はコンプリート。


リハビリを理由に、ジムの仲間たちから距離を置くように時間帯をずらしてジムに行くようになった・・・。


アイツ、ビビって逃げたんじゃないか?


 仮病だったんじゃないか?


 仲間たちがそんな事思うわけないのに・・・。


その頃の、屈折していた私はそう思えなかった・・・。


 依然として痛みがひかない腰。


パンチはおろか、走る事も出来ない体。


 俺はもう復活できないんじゃないか・・・。


 手術は、医者に下半身不随になる可能性が何%かあると言われて、怖くて出来なかった。


 手術以外となると、カイロプラクティックや整体。


あの頃はまだ、認知度が浸透していなかった時代。


 良いといわる治療院を、紹介してもらっては通っていた。


 数回通って、痛みがマシになり、動く。


また、痛みがぶり返す。


この繰り返し。


 親との約束。


 4年間は自由にしていい。


その4年目だった。


 焦りと苛立ち。


 日本ランキングにでも入れば、もう少し期間を延長してくれと言える大義名分がたつ。


その日本ランキングまで、後もう少し。


また別の紹介してもらった治療院に通う。


 動く。


 痛みがぶり返す。


この無限ループを繰り返す度に、絶望的な気持ちになる。


ジムの仲間たちを避けて、そんな日々を過ごしていたある日。


トレーナーから電話が入った。


 「彼女と3人で、晩飯でもいくか?」


(珍しいな・・・。)


トレーナーとは、プライベートで会った事はない。


というか、ジムの仲間ともよく考えたら、プライベートで会わない。


 唯一、ジムの仲間で遊んでいたのはミドル級の選手だった。


 思うに、階級が近いと必然的にスパーで、ドつき合いをしなければならない。


だから、仲良くなりすぎて、余計な感情が入るとやりにくいからだと思う。


トレーナーのSさんのいきつけらしい店に行った。


 食べながら、トレーナーと私の腰の具合、彼女の事、Sさんがやっている建築の仕事の話しをしていた。


(今日、言うか・・・。)


私は、トレーナーに話そうと決めていた。


 少し良くなっては、また、痛みがぶり返す。


 正直、ボクサーとしての限界を感じ、疲れ果てていた。


 「コブシ、近くにワシの事務所あるからよってくか?」


 何故か、飯屋の近くにあるSさんの建築事務所に誘われた。


 誰もいない静かな事務所。


 座るように促され、ソファーに座った。


 Sさんは、近くのデスクに積んであったアルバムを数冊持ってきた。


 Sさんは、私が所属していたジムのプロ第一号選手だった。


そして、私の尊敬するカリスマボクサーだったI選手のトレーナーでもあった。


 「これ見てくれ。」


 私たちの前で、アルバムを広げたSさん。


そこには若かかりし頃のSさんがいた。


 時代を感じさせるモノクロの写真。


 Sさんの主戦場は、ボクシングの本場メキシコだった。


 奥さんもメキシコ人だった。


 切り抜かれたメキシコの新聞記事。


 驚いた事に、Sさんの記事だった。


 「Sさん、スゴいですね~!メキシコの新聞に載ってるじゃないですか!」


 Sさんの現役時代の事は、正直あまり知らなかった。


そのアルバムの中の記事。


 驚いた事に、私も名前を知っている世界チャンピオンが、まだ、チャンピオンになる前の試合。


おまけにSさんが勝っていた。


 「凄いっすね!あの〇〇に勝ってるじゃないっすか!」


 Sさんは照れ臭そうに笑っていた。


 「凄い選手だったんすね!もっと早く言って下さいよ、そしたらSさんの言う事もっと聞いてたのに!」


 「バカ野郎!」


 Sさんは、相変わらず照れ臭そうに笑っていた。


 「俺はな、コブシの家に朝、行ってたんだぞ。」


 初めて聞いた事実。


そういえば、Sさんが私に聞いてきた事があった。


 「コブシ、お前、朝、何時に走ってるんだ?」


 私の答えた時間に、毎日ではないけど、来てたらしい。


たまに、試合が決まり練習が終わると、Sさんが腹をマッサージしながらこう言っていた。


 「お前、走ってないだろ!」



 「い、いや、走ってますよ・・・。」


バツが悪そうに答える私。


すべて知っていたのか・・・。


 Sさんの深い愛情を感じたと共に、期待に応える事が出来ずにいた罪悪感を感じた。


ひとしきり話した後、沈黙が流れた。


 私は今だなと思い口を開いた。


 「Sさん・・・」


 「コブシ・・・」


ほぼ同時に、Sさんも口を開いた。


 「なんだ?コブシ・・・お前から言えよ。」


 「いや、Sさんから・・・。」


 「わかった・・・。」


 Sさんは、先程の笑いながら話していた顔から、真剣な顔で話し始めた。


 「コブシ、お前はまだ若い。第2の人生の方が長いんだ。ボロボロになるまでやる事はないんだ。」


 Sさんは諭すように、私に語り始めた。


 「お前の闘い方は、肉を切らせて骨を断つみたいな闘い方だろ。けど、お前は肉を切らせ過ぎる。ワシは、お前の体のダメージがいつも心配だったんだ・・・。だから・・・もう引退したらどうだ・・・。」


 Sさんが、私の体を心配していたのは、痛いほどわかっていた。


 練習でスパーをしている時、打たれ強かった私は、相手のパンチを避けるのが面倒くさくなると、あえて打たせていた。


 「お前、バカになるゾ!」


いつも、スパーが終わると怒られていた。


 「お前、何笑ってんだよ!気持ち悪ぃな~!」


 15歳で親元を離れ、他人の釜の飯を食っていた。


そのせいか、愛情に飢えていたのか、Sさんに真剣に怒ってもらうと嬉しかった。


 「Sさん、俺も今日引退する事言おうと思ってたんです・・・。」


 「そうか・・・。」


 自分が、心血注いでやり続けていた事を辞める。


 意固地になって、背負い続けていた荷物を降ろしたような感覚。


 不思議と、この時は涙が出なかった。