コブシのブログ

つれづれ駄文

私をたどる物語 <13>

「オヤジの右が当たれば・・・」



 「右喰ろたらもたんやろ・・・」



 「どれだけもつかな・・・」



 周りの人間たちが呟く言葉が耳に入ってくる。



そういえば、Aさんが私に話してくれていた言葉を思い出した。



 「腕に自信のある奴がワシらの集まりに来ても、オヤジの右喰らって立ってられた奴おらんのやで!」



 私は現役の頃から、強い相手とやる時ほど燃えた。



 逆に、楽勝で勝てると言われた相手だとなんか調子がでなかった。



 私のデビュー戦。



 相手は老舗のジムで、メインはそのジムのチャンピオンのタイトルマッチ。



アマチュアで数戦のキャリアがあり、勝てると見込んで私は選ばれたみたいだった。



 対して、私は全く初めての実戦。



 大袈裟ではなく、負ければ自殺するつもりだった。



それくらい追い込まれていた。



 超満員の後楽園ホール。



 普通の神経では、あの光輝くリングには上がれなかった。



 気が付けば、「殺す」という言葉を吐いて自分を鼓舞していた。



リングでの記憶。



リングインして見上げたライトの眩しさ。



 1ラウンド、途中で喰らったアッパーで顎が跳ね上がり、視界に入ったライトの眩しさ。



 1ラウンド1分16秒。



 私は右手を上げられていた。



あの時の恍惚が忘れられない。



そして、私は今、人間で囲まれたリングの中にいる。



 対峙するオヤジ。



なんとも言えないオーラを発していた。



あの懐かしい燃える気持ちが甦る。



 「はじめーーーっ!」



さっきの、Aさんとやった時とは比べ物にならないほど、ドスの効いた掛け声で始まった。



 先程と同じく、オヤジの戦闘スキルがどの程度なのかジャブを数発打ってみる。



 速く、小さな無駄のない動きで反応する。



なるほど一筋縄ではいかない相手だった。



そうこうしてると、オヤジが仕掛けてきた。



ジャブとは少し違う突きのようなパンチを続けざまに打ってきた。



スリッピングでかわせた。



そして右を振ってきた。



ダッキングして左ボディー。



 体が自然と反応したことに自分でも驚いていた。



 「オーーー!」



 周りからは、私がオヤジの右をかわし、ボディーを打ち込んだことを驚いたかのような声があがった。



でも、いかんせん防具の上からなので、効いた様子は微塵も感じさせない。



 続けてオヤジは前蹴りを蹴ってきた。



 私も昔、極真系の空手をやっていたせいか自然に反応して、左手でいなした。



 心なしか、防具の中のオヤジの顔が少し笑っているように見えた。



 私もエンジンがかかってきた。



 私の得意のコンビネーション。



 左ボディー、顔面への左アッパー、右ストレート。



 最後の右はおしくも急所をずらされたけれど、パンチの感覚が戻ってきた。



フットワークとは違う素早い摺り足で距離を詰めてくる。



 速い左を数発打った後、右。



 今度は距離を詰めてフックぎみの右。



ウイービングでかわす。



 「ブンっ!」



 空気を裂く音。



 確かに防具の上からとはいえ、まともに喰らったら相当なダメージを負うだろう。



 私はハードパンチャーではなかった。



 持ち味といえば打たれても怯まず前にいく、ダウンしたことのない打たれ強さだけだった。



 気持ちは現役の頃に戻ってきた。



ただ、哀しいかなスタミナが限界に近づいていた。



 次第に肩で息するようになっていた。



これはどちらかが倒れるまで続けるのだろうか?



もう30分くらいこうしているように思えるくらい長かった。



 実際には10分くらいだろうか。



 最初は、お互いパンチを交換する場面が多かった。



 次第に私が被弾する場面が増えだした。



 足元がふらつきだした。



 顔面の防具が重いせいか、脳の揺れが平衡感覚を失わさせる。



オヤジの右もまともには喰らってないけれど、段々と反応できなくなってきた。



とうとうダメージとスタミナ切れで、両手を膝につかなければ自分の体を支えきれなくなった。



オヤジが距離を詰めてきているのは分かった。



でも、もう顔を上げて反応できない。



 下からアッパーぎみの右を打ち込まれた。



 視界がグルんと回って、後楽園ホールの眩しさとは比べ物にならないけれど、自分の視界にはライトしか見えなかった。



(あー、ダウンするってこんな感じなのか・・・)



蟻地獄のような戦いが終わった。



でも、なんか気持ち良かった。



 「自分スゴイなっ!」



 「オヤジの右あんな喰ろて立ってたん初めて見たわっ!」



 「自分、エエ根性してるわっ!」



さっきまで射抜くように殺気だった視線を送っていた男たちが、私の周りを取り囲んでいた。



(あー、俺、やっぱこの場所が好きやわ・・・)



ボクシングの聖地後楽園ホール。



 「お前、それでもプロかっ!やめちまえっ!」



 早々とガス欠になり、まったく手数がでなかった試合。



 容赦ない罵声。



 「お前のほうが勝ってたよーーーっ!」



その代り、敵の観客だろうが、根性見せれば評価してくれる。



リングの中の数分の為に、何時間も何時間も練習する。



でも、右手を上げられるこの瞬間に全てが報われる恍惚感。



 私は怪我の影響で引退した。



 怪我のせい・・・



本当だったんだろうか・・・。



 自分でもわからない。



 本当はもっとやれたんじゃないのか?



 引退して、しばらくするとそんな気持ちが湧き出てきた。



そんな気持ちを殺すようにボクシングのみならず、格闘技関係の情報を一切断ち切っていた。



 本当は逃げてたんじゃないか・・・。



やっぱり、私はリングに忘れ物をしていると感じた。



 後日、Aさんの事務所に再度、呼ばれた。



 「コブシさん、オヤジが一緒にやらないかって。」



 Aさんは机の上に真っ白な胴着を私に差し出した。



(もしかしたらあれは、この為の試験だったのかもしれない・・・)



そして、私の取り立て屋稼業が始まった。





























・・・・・ウソ。



オヤジのお誘いは丁重にお断りした。







そして、もうひとつ。





 「お前、絶対騙されてるって!」





 連れが心配してくれていた、自分の中でこれ以上いないと思っていた彼女。





 金融屋に借り続けて、借金300万。





 今では・・・・



























































私の愛しい子供を2人も産んでくれて、傍にいてくれている。





ありがとう。





そして、私の拳友 Kさんの活躍を知ることになり、リングへの思いは止められなくなった・・・。