私をたどる物語 <18>
私は、この試合が決まってやらなければいけないと思っていた。
T君が自殺した現場に手を合わせに行く事。
自殺する事はよくない。
自分だけ死んで、楽になるかもしれない。
残された人たちの悲しみ、無念さ。
そういう事を考えれば、自殺は卑怯だとも思う。
しかし、人間というのは弱い生き物。
こうやって生きているのも、弱っている時に助けてくれる人たちがいてくれたからこそだと思う。
私だって、死のうと思った事が1、2度ある。
こうして生きているのも、たまたまなんだと思う。
後になってみれば笑って話せる事でも、その時は人生に絶望するほど重大に思ってしまう。
でも、生きてさえすれば、何度でもやり直せる。
だから、T君にも生きて欲しかった・・・。
妻と二人で現場に行った。
線香を供え、手を合わせた。
しばらく目を閉じ、T君の安らかなる冥福を祈った。
すると、何か感じた。
別に、霊感なんてないけど、確かに何か感じた。
目を開けて妻を見た。
妻も、私と同じような顔をして、こちらを見ていた。
「T君、おるな・・・。」
T君の存在を感じた。
不思議と怖さは感じなかった。
(T君、俺、やるからな。見といてくれよ。)
私は、目を閉じ手を合わせた・・・。
最初は、T君の追悼の為と思い練習していた。
しかし、誰かの為に・・・なんて、所詮、綺麗事。
そんな余裕なんてなかった。
飛び入りで、何かのお遊びの大会に出るのとは訳が違う。
モノホンのプロのリング。
下手したら死ぬかもしれない。
自分の為、生き残る為に必死だった。
「コブシ、トランクス出来たから、ジムによってくれるか?」
会長は、この試合が決まった時、私にトランクスをプレゼントしてくれると言ってくれた。
「お前の好きなデザインを言ってくれ。」
私は、不動明王がすごく好きだった。
堅気だけれど、彫り物を入れるんだったら、不動明王を入れていただろう。
ジムは他県にあったので、後日、近くを寄った時に、トランクスを見に行った。
「どうや、順調にいってるか?」
会長は、私の筋肉を触りながら言った。
「大丈夫です。」
自分でも自画自賛してしまうくらい、順調に仕上がっていた。
「おぅ、そうだ!エエのんできたで~!」
会長は、そう言いながら、奥からビニール袋に入ったトランクスを持ってきた。
白いスパンコール生地に不動明王が描かれていた。
「どや?エエやろ!」
私は、手渡されたトランクスを広げた。
真ん中に、立派な不動明王が描かれていた。
「な、エエやろ!こっちが前や!」
(あ、こっちじゃないんや。)
こ、股間?ふ、普通、後ろに・・・。
「な、エエやろ!」
「は、はい。ありがとうございます!」
股間にチン座・・・いや、いや、鎮座している立派な不動明王。
「え~こっちが前~?」
当然の事ながら、妻の激しいツッコミ。
ますます、試合に暗雲が漂う・・・。
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