神様からのギフト
かつて、その荒々しいファイト振りから“○○の虎”と呼ばれていたKさんというボクサー。
Kさんとは、関東のSジムで階級も同じ、デビュー戦も同じ時期、ファイトスタイルも同じファイタータイプ。
新人王戦も違うブロックで、同階級にエントリーしていた。
そのせいか、よく火のでるような打ち合いをして、スパーしていた。
私が憧れていた、カリスマボクサーだったIさん。
私は、そのIさんが所属しているSジムに入った。
引退してから数十年たった頃、話す機会があった。
「コブシとKのスパーを見て、皆・・・・」
あの憧れのIさんが・・・・褒めて頂けるのかと思いきや・・・。
「ガードの大切さを教えてもらったよ。」
ズッコケた記憶がある。
まぁ、それくらいKさんとはバッチバチのスパーをやった拳友だった。
その後、Kさんは仕事の都合で関西に引っ越していった。
私はと言えば、デビュー戦を1RKOし、4連勝、順風満帆かと思いきや、3連敗。
そして、負のトンネルをやっと抜け出し3連勝。
次戦で日本ランキングを賭けてのトーナメントにエントリーしていたけれど、試合直前に長年の腰痛から、腰椎が疲労骨折し、家業の関係もあり、そのまま引退してしまった。
私は、これからという時にヤメてしまった自分に納得していなかった。
今になって思うと、自分の小ささに恥ずかしくなってしまうんだけど、仲間たちの活躍が羨ましくて、ボクシング関係の情報を一切遮断した。
数年後、家業の下積みも一段落し、何気に見たボクシング雑誌にKさんの名前があった。
日本バンタム級1位になっていた。
Kさんは元世界チャンピオンにも勝ち、関西圏では、攻撃の凄まじさから「~の虎」と、対戦相手から恐れられていた。
私はKさんの活躍に触発されて、もう一度リングに上がろうと決意した。
実に7年振りのリングだった。
そして、試合が決まり、1年後に、リングに上がるという時、昔のトレーナーにKさんの携帯番号を教えてもらった。
私は久しぶりだし、積もる話もあるだろうし、何かアドバイスなんかもらえたらなという気持ちで電話してみた。
しかし、その一方で、かたや日本ランキング1位の一流ボクサー、かたやA級ボクサーとはいえ、ランキングにも入れなかった無名のボクサー。
劣等感が少なからずあった。
そのせいか、「で、今さら何が聞きたいの?」と言ってはないんだけれど、そんなニュアンスのそっけない態度にとれてしまった。
私は電話を切った後に、Kさんの番号が書かれた紙をくしゃくしゃに丸めて捨てた。
もう今後、話す事も会う事もないだろうと思った。
そして数年経ったある日、以前付き人をしていたK社長から封書を頂いた。
「こんなボクサーがおるみたいやで。」
封書の中を見ると、新聞の切り抜き記事が入っていた。
Kさんだった。
Sジムの頃と同じ、看護士として頑張っていた。
日々、認知症の老人たちの心を癒すべく、一緒に歌を歌ったり、踊ったりと現役の頃の激しいファイトとはうってかわって、穏やかな仕事をしていた。
私は「わだかまり」もあって、そのKさんの新聞記事をくしゃくしゃに丸めて捨て・・・そんな事はできなかった。
いくら「わだかまり」があろうが、仲間が頑張っている事まで、くしゃくしゃにして、捨てる事はできなかった。
数年前に抱いていた「わだかまり」。
でも、心のどこかで、あれは何かの間違いで、私の勘違いだったんだ・・・と思いたかった。
しかし、それを確かめる勇気はなかった。
Kさんとの思い出は思い出として、心にしまっておこうと思った。
そして、あるきっかけから始めたFacebook。
昔のSジム時代の仲間たちと、次々に繋がっていく楽しさ。
「Kさんがコブシさんの連絡先を教えてほしいとの事でした。どうでしょう?」
ある日、ジムのOB会があったらしく、遠方の為、参加してなかった私に、かつてのジム仲間のMさんからメールをもらった。
(あー、やっぱり私の勘違いだったんだ!)
Kさんが私とコンタクトをとろうと思ってくれている。
それだけで、充分だった。
その瞬間から「わだかまり」は影も形もなくなった。
「モチロン!」
私は本当に嬉しかった。
翌日、見慣れない番号からの着信。
Kさんだと思った。
「コブシくんですか・・・?」
懐かしい声。
15分くらい話しただろうか。
「Kさん、少し会えないですか?」
たまたま、私はその頃、仕事でKさんと同じ県にいた。
しかし、あと数日でこの県を離れてしまう私は、今しかないと、内向的な私にしては珍しく積極的に誘ってみた。
忙しいKさんの都合も考えず、失礼かなと言ってから思った。
でも、Kさんは快くOKしてくれた。
もう人生の半分過ぎているかもしれない歳になって、つくづく思う。
すべての事は偶然なんかじゃなく、必然なんだと。
だから、あの「わだかまり」も、私の人生を少しだけ楽しくするために与えられたものなのかなと。
こんな風に、神様からのギフトがあるたびに、生きる活力が湧いてくる。
若い時にも、神様からのギフトはあったのかもしれない。
しかし、「感謝する」という受け皿が若かりし頃にはあまりなかったから、気づかなかったのかもしれない。
幸せって、自分が踏んづけたり、蹴とばしたりしていた足元に転がっているんだなぁと思う。
Kさんと会う前日は、緊張してあまり眠れなかった。
駅で待ち合わせて、久しぶりに会うKさんは、こちらが驚くほど穏やかな顔をされていた。
当時の雰囲気と変わっていなかった。
Kさんは、30数戦も歴戦の強者と戦っているから、もっと凄みのある雰囲気をしているのかと思っていた。
しかし、話しているときにふとした瞬間の表情や目は、やはりこちらがひるむ程の凄みを感じた。
所属していた関西のジムの第一線で活躍していたからこそ話せる私の知らない話。
辰吉選手との秘話など、いちボクシングファンのようにKさんの話を聞いていた。
たまに、異なる意見になり白熱する場面もあったけれど、それも昔、さんざん殴りあいをしてわかりあえているからこそ、遠慮なく話せた。
3時間があっという間に過ぎた。
お互い次の日、仕事もあるし、帰ることにした。
Kさんとは、それ以来、会ってないけれど、年に数回短い文面でメールのやり取りをしている。
心の根底で繋がっている、そんな感じだ。
帰り際、Kさんが言った。
「コブシくん、これは冗談じゃないんだけれど、僕、何年か前、探偵ナイトスクープに手紙だしたんだよ。」
話によると、「をやっている、元ボクサーの・・・」と、私を探して欲しいとの依頼をしたらしい。
いや、もう、ホントに言葉で表現できないほど嬉しかった。
というか、キダタローさんよ~!
ゲップ連続何回できるか?みたいな、しょ~もない依頼うけるんやったら、Kさんの依頼受けろっちゅ~の!
あ、キダタローさんは、あの当時、局長とちゃうか。(笑)
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