コブシのブログ

つれづれ駄文

オッサンの昔話 <完>

「あのな、コブシちゃん・・・ナツコのことなんやけど・・・。」


マスターは苦虫を噛んだような表情で続けた。


 「実は・・・俺の子、妊娠して、もうちょっとしたら、店をしばらく休むねん・・・。だから・・・コブシちゃん、ボクシングやんなよ!」


 「へ・・・?」


マスターの子ってことは、つまり、そういう関係なわけで・・・。


 突然の告白で、頭が真っ白になってしまった。


っていうか、何、便乗して「ボクシングやんなよ!」とか言うてんねん!


 全っ然、響かへんちゅうねん!


 「あ、そう・・・。」


 感激とショックで訳わからん状態だった。


でも、今、やらなければならない事は明確にわかった。


 「そうだ、俺はプロボクサーになるんだ!」


 私は自分にケジメをつける為、なっちゃんに最後のお別れを言おうと思った。


 次の日、私は「ひじり」に向かった。


 店には、いつもと変わらず、マスターとなっちゃんたちがいた。


いつもと同じように、私の隣になっちゃんが座った。


 「聞いたで~!妊娠したんやてな、おめでとう!」


 普段の私は、なっちゃんが他の客に付いただけで、不機嫌になるような面倒くさい客だった。


なっちゃんもそれをわかってたから、気まずい表情だったのだろう。


 私の意外な反応に戸惑っていた。


 「あ、ありがとう・・・。」


 「俺も、夜遊び卒業して、プロ目指して頑張るわ!」


 私の精一杯の強がりだった・・・。


 「が、頑張ってね・・・。応援してるから・・・。」


 「ありがとう!じゃあ、マスター、帰るわ!今までありがとう!」


 私は、一杯だけお別れの酒を飲みほし、会計を済ませて店を出た。


 “もう~、コブシちゃんのバカっ!また来てね!待ってるよ!”


・・・・・・・・・・・・・・・。


 私は、振り返って扉をしばらく見つめていた。


もう、あの頃みたいに、なっちゃんは私を追いかけては来なかった。


でも、なっちゃんには本当に感謝している。


 慣れない土地で、一人ぼっちで淋しかった私。


 一時だけでも、なっちゃんの存在があったから頑張れた。


そして、私はМさんとの約束を果たすべく、20歳になる直前の19歳。


 超満員の後楽園ホール


1R 1分16秒 KО勝ち


 リングの中で右手を上げられていた。


Мさん、約束守ったよ・・・・


今でも、左手のタバコの火傷の痕を見つめると、せつないあの頃の思い出が甦る・・・